【10日北京発・サイバー悟空】 「愛国主義」の名の下、五星紅旗で聖火リレーコース沿道を埋め尽くすなど、海外でも中国人へのマナー批判が取りざたされる中、オリンピックの聖火リレーは7日、中国の広州市に入った。しかし、国内でも、モラルを欠く群集のマナーに、中国国内メディアから自国民を批判するニュースが広がっている。南方都市報は9日、「広州市での聖火リレーは中国人民の醜い習慣の大展示会になった」と報道。10日には中国青年報が「愛国は全ての悪行を許す口実にはならない」と“愛国無罪”の行動を厳しく批判した。
これらの報道は、7日広州市で行われた聖火リレーで、多くの市民が木に登ったり、街中の苗木を踏み倒したり、国旗をごみ当然に散らかしている様子を取り上げた。ネット上でもこの様子を写した写真が投稿されている。中国青年報は「多くの市民が愛国の情熱を激しく呼び起こされた結果、『愛国無罪』の名の下、非理性的な行為に出た。目的が崇高であれば、何をしても一向に構わないというのは大間違いだ。このような行為は、決して少なくない。全国で発生した反カルフール行動も『愛国』の名の下、進められた悪行だ」と断罪した。
(考) 「愛国無罪」。このような発想そのものが、いったいいつの時代から生まれたのだろうか。文化大革命時代の負の遺産なのか・・・。長野での聖火リレー、ソウルでの聖火リレーで世界中の人々が目にした一部の中国人留学生たちの行動は、間違いなくマナー違反であり、ホスト国の国民としての資格を疑うものだった。その結果、オリンピックを前に欧米諸国からは中国に厳しい批判が寄せられている。これらの批判は、決して「経済発展する中国へのやっかみ」ではない。まさしく「愛国無罪」の行動が、他国の人々から理解を得られていない。ここに来て、その自身の姿を客観的に報じるニュースが流れたことで、多くの中国人民が自身への認識を新たにできるか、どうか。オリンピックにおける中国の人々の対応や行動が、北京をはじめ、中国各地にやってくる多くの外国人に歓迎されるものであることを祈るばかりだ。
北京オリンピックの成否は、「外国人がどうであるか」ではなく、「一人ひとりの中国人がどうであるか」にかかっている。北京オリンピックは、先日亡くなった台湾人作家柏楊氏が《醜い中国人》に残した悪習を改めるチャンスでもある。
アジアでは20年ぶりのオリンピック。国を代表して戦う選手たちが、それを応援する多くの国の国民が、オリンピックの成功を祈っているはずだ。


